否決の意思を実現できる投票制度を
投票 に行くことを要請される
誰に、どの党に投票していいか分からない
だから、面倒くさくなる
今の国のトップは辞めて、政権から離れて欲しい
という投票制度(リコール)が、国のレベルでもあればと思う。
無責任かもしれないが、次の候補者が何をするかは、やらせてみないと我々には分からない。少なくとも、今のトップに国の未来は委ねられないという否決の意思 が確実に実現されることが大事だ。
あなたも私もトップになったところで、大したことはできない。
次の候補者は、責任ある誰かが推薦してくれれば、極端な話し、誰でもよい気がする。
ただし、他人任せではあるが、やってみて駄目であれば、否決する権利を我々が行使し、否決の意思が過半数を越えれば、確実にそのトップを解任できればと思う。
最近、都知事に立候補した石丸伸二氏や狙撃されたトランプ大統領候補の振舞いを、TVで橋下徹氏が絶賛しており、思わず噴き出した。
「映像上、かっこいい振舞いさえできれば、いいのか」と呟いた。
映像に映える振舞いと政治上の振舞いは、別次元では。
有らぬ希望を政治に託し、私もあなたもイライラするが、映像上のカッコよさにスカッとせず(危険な興奮)、否決の意思の良し悪しを粘り強く検討したいものだ
ストーカーとは
博多駅近くでのストーカー事件公判で、
被告人は、被害者と偶然会ったところ、
被害者から警察署で話をしようと言われ、
激昂したと述べた。
真偽は今後明らかになるだろう。
さて、私は大丈夫だろうか?と問いかけてみた。
異性、恋人、配偶者等愛着対象の人から、不本意に別れを切り出された時、私の「煩悩構造」は、未練、怒り、自暴自棄を断てるだろうか。
学生時代、一方的に想いを寄せた異性に受け入れられず、想いを「冷やす」まで、相当の時間がかかった。
想いを表面化することはしなかった(できなかった?)が、内心悶々としていた。
また、逆に異性から好意を寄せられても、心が動かない関係もあった。
これらの相互の、又は、一方的な想い(煩悩)とは、なんだろう。
今でも、とても対象化できないものだ。
対象化できないということは、まだ、自分は、
ストーカーとは、無縁だと、言い切れないということになるのではないか?(男女を問わず、無縁だと言い切れる人は、どのくらい、いるのだろうか?)
ただ、これまで、何とかこのような事件を起こさず、自分の煩悩構造と付き合い、手懐けてこれた「偶然」には感謝したい。
飛躍するが、
人生がいつ終わるか分からないとして、
例えば、高齢ドライバーとして、交通事故で他人を死傷しないだろうか?
日本が戦争に巻き込まれて、戦場で、老兵士として、人を殺傷する状況に追い込まれないだろうか?
など、心配はつきない。
普段は、穏便さを装っていても、状況が私のegoを、悪を、剥き出しにする日が来ないとも限らない。
皆さんはどうだろう。自信はおありだろうか?
悪を引き起こした後、結果、虚しく、誰かに、何かに弁明する、弁解する自分を想像したくはない。
沈み込む本音
個人的には 同性愛者は、近くにいたら落ち着かない (彼らを非難している訳ではないが)
無謀な運転をしている車が、側にきたら 馬鹿と舌打ちする (煽られず冷静な運転をしているつもりだが)
TV出演者、キャスターが正義を口走っているのを聴かされて (とってつけたような、言わされ感のある正義、うんざりだ)
アメリカと日本との関係の不思議さ (アメリカに原爆を落とされても、やむを得ないとし、アメリカに従っている)
女性の社会的進出を良しとする人が、男女の区別を無くそうとムキになる (性差の解消を目指し、かつ、女性の強味を強調するおかしさ)
働き方改革 (その尻拭いをしている人の犠牲の上に成り立っている事実を見ない。新たな不平等の発生)
これらは、押し殺している本音、内心の呟き であって、公の場での主張ではない。 (ブログに書くことが公では、と反論がありそうだが) ただ、特定の誰かを非難するほどの意欲もないし、そのレベルに達していない。
このような自然に湧き上がる本音は、本音(不満)を利用しようと企む人に乗せられて同調し、思わず本音を吐き、一時的にスッキリするが、利用する人の思う壺となる。
建前と本音が対立関係ではない。本音と本音の吐き方が対立関係なのではないか?
パーソナリティの問題です
精神科のお医者さんに失望したときの話です。
ある本で、精神科医が
「この症状は、精神科(薬)では治せません。
人格、パーソナリティの問題であり、
治療対象になりません。」
このような趣旨のことを述べていた。
無知な私は驚いた。
その後も、同じような話を見聞きすること
があったので、どのような人が対象となる
のか少し調べてみると、
要は、薬の効果が少しでもある人、
薬を飲んで、よく眠れたり、リラックス
できる人が対象になるらしいと。
もちろん、カウンセリングなど他の療法も
組み合わせて、相乗効果を期待するようだ。
(専門家でもないので、間違った理解かも
しれませんが・・・)
さて、若い時は大人しい性格だったのに、
加齢により、欲動を抑える力が減退したためか、
粗暴な言動に及ぶ高齢者がいる。
加齢によりパーソナリティが変化した?
否、加齢により、パーソナリティがむき出し
になった?
抑えていた攻撃性を、治すことは不可だと
思うが、どう手なずけていけばいいのか、
老いの課題の一つだと思う。
我がパーソナリティの行く末は、死ぬまで
分からないとして
あの宮本武蔵の素敵な言葉から
「今日は昨日の我に勝ち、
明日は下手に勝ち
後は上手に勝つと思うこと
いそぐ心なく、緩々(ゆるゆる)と、
千里の道も一足ずつはこぶなり」
つまり
厳しい状況であるからこそ
緩々(ゆるゆる)と
加齢に対処したいものです。
緩々(ゆるゆる)と
緩々(ゆるゆる)と・・・
念仏のように唱えています。
負担と張合い
負担という言葉が、拡がりをみせ、
よく使われるようになった。
育児は喜びだけではなく、女性のみに押し付けられる
「育児の負担」
という文脈で使われる。
職場で、(介護)休暇をとった職員の代わりに
仕事が増えた場合、同僚の「負担」感が増した という文脈で使われる。
また、過度の「負担」感はストレスへ
適度の「負担」感は張合いへと繋がり、
負担は全て悪いことを指すわけではない。
「負担」という言葉をどう使うかで、
その人の言葉についてのセンスが見えてくるし、
人柄そのものが判断される気がする